契約交渉の常套句ってありますか?
契約交渉でよく出てくる言葉って確かにありますね。
いくつか例を挙げてその心理と有効な切り返しを考えてみましょう。
契約交渉における常套句
契約交渉において、しばしば聞かれる発言があります。いくつかサンプルを上げて、その発言の心理と有効な切り返しについて考えてみましょう。
なお、切り返しについては、実際にはケースバイケースで有効な方法が変わってきます。下で述べる切り返し例は参考ととらえてください。
取り上げる常套句サンプルは次のとおりです。
- 社内的に承認が得られないんです。
- 社長が承認しないと思います。
- 社内規定でこのように決められているので…。
- 弊社の標準契約書式なので変更できません。
- 他社様も同じ条件で契約していただいております。
- いったん持ち帰って検討します。
- 代替案を考えていただけませんか。
- 他社からもオファーがありまして・・・
- 契約上は別途協議で逃げときましょうか。
- この条項は削除しましょう。
「社内的に承認が得られないんです。」
相手の提案を断りたいのだが、その決断主体を交渉者自身の判断ではなく自社内の承認という第三者の判断にゆだねた形です。
交渉者自身が相手方から詰め寄られるのを避けたいという防衛本能がこの発言の心の奥にありそうです。
その証拠に、「私自身はその提案について理解をするのですが・・・」という枕詞がついたりすることもあります。
切り返しとしては、当方の提案に交渉者自身は一定の理解をしていることに感謝しつつ、どのような提案なら社内承認を得れそうですかと逆に質問することが効果的な場合があります。
相手方交渉担当者を当方サイドに巻き込んで、相手方社内承認をとるための対策を一緒になって考えるという状況になるといい結果につながりそうです。
- 「どうすれば御社内の承認が得られそうでしょうか?」
- 「どの部分が御社内で引っかかるのでしょうか?」
- 「御社内の承認を得るための方法を一緒に考えていただけませんか。」
「社長が承認しないと思います。」
この常套句を使う人には、上記の「社内的に承認が得られないです」と似た心理的背景があると思われます。
切り返しとしては、どのような提案なら社長の承認が得られそうですかと質問することが考えられます。
- 「どうすれば社長様の承認が得られそうでしょうか?」
- 「社長様はどの部分を気にされるのでしょうか?」
- 「社長様の承認を得るための方法を一緒に考えていただけませんか。」
「社内規定でこのように決められているので…(貴社提案は受け入れ不可です)。」
こちらも、上記2つの例と似た心理的背景からこの常套句がつかわれたと思われます。
ただこの例では、その社内規定の存在が真実かどうか怪しい場合があります。つまり、社内規定に契約条件の細かいところまで規定していることはかえって少ないからです。
ただし、だからといって「どの規定ですか」「その規定を見せていただけませんか」などと相手方社内規定の詳細の確認に突っ込むとかえって相手方交渉者の態度を硬化させ、交渉を難しいものにする場合が多いと思われます。
切り返しとしては、上記2例と同様にどのような提案だったら社内規定に沿ったものになるかと質問するのが良いかと考えます。
- 「どうすれば社内規定に沿ったものになるでしょうか?」
- 「どの部分が社内規定に引っかかるのでしょうか?」
- 「社内規定に沿ったものにするための方法を一緒に考えていただけませんか。」
「弊社の標準契約書式なので変更できません。」
この常套句はなかなか切り返しが難しいです。
この常套句を発言している相手方と当方との取引上の立場、力関係如何では、当方の選択肢はそのまま契約するか、契約をしないか、の2択である場合もあります。
とくに、取引上非常に強い立場にある者や他にないサービスや商品を独占的に提供している者がそのような常套句を用いる傾向があります。
切り返しとしては、相手から提案された契約内容を確認してリスク抽出をして、自社でリスクを呑み込んで契約するか、呑み込めないリスクの場合は契約をせずほかの選択肢を模索するか、非常に悩ましい判断を行わなければなりません。
ただし、この常套句を使う者であっても、場合によっては標準契約書は変更せず締結したうえで、それに付帯して標準契約書の一部の規定を変更する覚書の締結に応じる場合もあります。したがって、その可能性を探るのが有効な切り返しだと考えます。
- 「そうですか。検討させていただきますが、付帯覚書で最低限の範囲で一部条文の変更をお願いするかもしれません。」
「他社様も同じ条件で契約していただいております。」
この常套句には、「他社もみんな同一条件(契約)で取引しているので、お前のところもウチと取引したかったらそれに従え。お前のところだけ特別条件にはできない。」という背景があると思われます。
この場合、どの会社も同じ条件で契約しているかどうか、真偽のほどは確かではないですが、これも相手方交渉者の「私にいくら言っても無駄ですよ」という防衛本能が見え隠れする常套句です。
つぎのような切り返しが考えられます。
- 「当社は他社と異なり、〇〇の点で優れていますので、特別な条件をお願いしたいです。」
- 「どうすれば異例の条件を受けていただけるか考えていただけませんか。」
「いったん持ち帰って検討します。」
議論が膠着したときに使われる常套句です。とりあえずこの膠着状況から逃れたいという心理から発せられる常套句で、相手方が本当に持ち帰って検討するかしないかは、分かりません。
むしろ、「前向きに検討致します。」とか「また飲みに行きましょう。」というのと同様に、検討してくれない可能性が強いかもしれません。
切り返しとしては、本当に検討してもらい、次回の協議時にきちんと提案を持ってくるよう促すことが有効だとおもいます。また、なによりも執念をもって検討結果の確認をフォローすることが重要です。このフォローの部分が意外と怠りがちです。
- 「承知しました。では、検討結果のご連絡はいつごろになりますでしょうか。」
- 「良い結果をお待ちしています。次回○日の打合せ時に答えをお知らせくださいますか。」
「代替案を考えていただけませんか?」
議論が膠着したときに業を煮やして発言される常套句です。
契約をしたいという思いが奥底にあるが、現在の相手の案には納得できない。かといって適切な対案が思いつかない、という心理があると思われます。
この発言は、交渉の主導権をとれるという意味でチャンスと考えて良いです。
切り返しとしては、先方の要望を確認しつつ、当方の希望する要素を織り込んだ適切な代替案を検討する旨を表明することになります。
- 「承知しました。貴社のご希望は、〇〇〇ということですね。持ち帰って検討して〇〇日までにお返事します。」
「他社からもオファーがありまして・・・」
この常套句には、「貴社がこの条件で契約できないというなら、貴社とは契約せず、他社と契約しますから。」という意味が込められています。相手方を緩やかに脅すことで、自己の条件を飲ませたいという心理からくる発言です。
本当に他社からオファーがあるのかどうか、あるいはオファーがあるとしてもその条件が現在議論している当社の条件との対比で先方にとって有利であるかどうかもは怪しい場合があります。
切り返しとしては。そのような発言には動揺せず、半分無視しつつ、交渉を粛々と続けることがベストだと思います。
売り言葉に買い言葉ということで、「そしたら他社様と契約されたらいかがですか。」と切り返すと、ほぼ間違いなく喧嘩になってしまいます。
- 「そうですか。ぜひとも当社の条件をご承諾いただき。契約してください。」
- 「ぜひ当社の条件をご検討ください。」
「契約上は「別途協議」で逃げときましょうか。」
契約交渉で膠着して、合意できないときに、「〇〇の場合は、両者が誠意をもって協議する。」という内容に契約条文を替えて合意しましょうという常套句です。契約したいというのは奥底にはあるが、これ以上交渉の時間をかけられないという心理からくる発言です。
このやり方は交渉を前に進めるためには有効ですが、結局のところその条項については何も決まっていないのと同じになります。
その場合が生じたときに、両者が対等な立場で協議できるとは限らず、協議をしたとしても良い形にまとまる可能性は低いと思われます。
契約書を締結する目的の一つに「後の喧嘩を先にする。」ということがあります。この提案は、喧嘩を後回しにするということです。
とはいえ、以下の場合には、この「別途協議提案」が有効と思われます。
- その「場合」の発生可能性が低い場合
- それまでの議論で、該当の条項が自己サイドに不利な条件で押し切られそうな情勢の場合
すぎやんの個人的にはここにある「逃げとく」という言葉がどうしても引っかかります。
契約交渉にはつねに前向きに取り組むべきだからです。退避するときにも、前向きに後ずさりする形にするべきでしょう。契約交渉から逃げてはいけないと思うのです。
纏めると、その対象の条項の内容とそれまでの交渉経過並びに契約全体の交渉進捗を考慮して提案を受けるかどうかを判断するというのが有効な切り返したど考えます。
- 「別途協議とする提案ですね。ちょっと検討しますので一旦持ち帰らせてください。」
- 「別途協議ではなく、今のうちに契約書に明確化しておきませんか。」
「この条項は削除しちゃいましょう。」
契約交渉で膠着状態になったときの提案として使われる常套句です。これ以上交渉していても時間がかかるばかりだという心理があると思われます。
上記の「別途協議に逃げる提案」と類似です。
当該条項を契約から削除すると、何も決まっていないことになります。
その削除提案の対象の条項の内容、発現可能性等を考慮して削除に応じるか、さらに交渉を継続するかを検討することになるでしょう。たしかに、こんな不利な条件だったら、契約から削除した方がましだという場合もあります。
切り返しとしては次のようなものが考えられます。
- 「条項を削除する提案ですね。ちょっと検討しますので一旦持ち帰らせてください。」
- 「条項削除ではなく、今のうちに契約書に明確化しておきませんか。」
参考になります。相手の発言の真意を想像し、的確な切り返しをすることが大切ですね。
的確な切り返しをするには、ある程度の交渉経験と、それより重要なのは十分な事前検討(シミュレーション)でしょうねね