秘密保持契約の主要条項解説シリーズ第3回は、基本義務規定です。秘密情報の取り扱い方法を規定する基本的な条項です。
基本義務規定のサンプル
甲および乙は、秘密情報につき、秘密として厳重に管理するものとし、書面または電子メールによる相手方の事前の承諾を得ることなく、次の各号の一に該当する行為をしてはならない。
(1)第三者に開示・漏洩すること。
(2)本検討の目的以外に使用すること。
(3)リバースエンジニアリングをすること。
(4)複製すること。
秘密保持契約の核となる秘密情報の取り扱いについての条項です。
自社の秘密情報を相手方にどのような取り扱いをして欲しいかという観点も重要ですが、それと同時に、秘密情報の受領者の立場で契約規定と現場実務とのズレが出て面倒なことになることが多い条項です。
ややこしいですね。出した情報は守りたいし、受けた情報は活用したいしという両面がありそうです。
基本義務規定の内容
秘密情報の取り扱いについて主に以下のようなポイントで規定されています。
①秘密として厳重に管理すること
②第三者に開示・漏洩してはならない
③開示目的以外の用途で使用してはならない
④解析、リバースエンジニアリングをしてはならない
⑤複製してはならない
それぞれについて、注意点を述べていきます。
①秘密として厳重に管理すること
秘密情報の管理方法としては、秘密情報が有体物の場合は、鍵のついた保管庫に保管するとか、秘密情報がデータの場合は、パスワードでアクセス制限をかけるとか、様々な管理方法が考えられます。
ここでは「厳重に管理」と規定していますが、その「厳重」の度合いを考えるうえでのヒントとして、法的な意味での「注意義務」の考え方をご説明します。
法的には、注意義務の考え方として、「善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)」と「自己の財産に対するのと同一の注意義務」という二つの考え方があります。
「善管注意義務」とは、義務者の属する職業や社会的・経済的地位において取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意をいいます。
「自己の財産に対するのと同一の注意義務」とは、義務者自身の職業・性別・年齢など個々の具体的注意能力に応じた注意をいいます。
しかし、ビジネス実務の世界ではその2つの程度の差を意識することはほとんどないです。例えば、サンプル条文のように「厳重に管理し」と規定されているときに、注意義務に関する2つ考え方のどちらに該当するかを検討したり決めたりする意義はあまりありません。
むしろ、ビジネスの世界で生きていくうえで、信頼される当事者として契約相手方から期待されている程度の情報管理方法を自分で考えて着実に施していくという姿勢が大切だと考えます。
②第三者に開示・漏洩してはならない
ここでは「第三者」の意味合いに注意する必要があります。
つまり、「第三者」とは、契約当事者になっている法人または自然人その者以外の者を意味します。
とくに、親会社、子会社、関係会社は「第三者」ですので、グループ展開している会社では注意が必要です。
第三者から受領した秘密情報を自己の親会社に指示されて開示する、というのはありがちな話ですが、秘密保持契約に「第三者に開示してはならない」と規定しているなら、契約違反になるという意識はしっかり持っておく必要があります。親会社に再開示することが予想されるなら、契約書上にそれができるように記載しておくべきです。
なお、「情報を開示できる範囲」の項で詳細を述べますが、同一法人内でも開示できる部署や人を制限することが一般的です。
③開示目的以外の用途で使用してはならない
秘密保持契約に必ず規定されている「秘密情報を開示する目的」以外の用途に、開示された秘密情報を使用してはならないということです。
一見、「目的外に使用してはいけないのは当たり前じゃないか」という印象だと思いますが、秘密保持契約で実際に起こるもめごとのうち、意外と頻度が高い論点です。秘密保持契約を締結して信頼していたのに、開示情報を流用されて裏切られた、という感情的な側面もあるのだと考えます。
④解析、リバースエンジニアリングをしてはならない
開示された秘密情報が、製品やコンピュータープログラムの場合、受領者がそれを解析して、開示者がブラックボックス化した部分を抽出してはならないという意味です。目的外使用の禁止に通じる規定です。
⑤複製してはならない
無作為に秘密情報の複製を許すと情報漏洩のリスクが高まるという観点で、秘密情報の複製を禁止している場合があります。
しかし、開示目的を実行するためには、関係者に複製物を配布することが必須である場合もあることから、以下のような条項が入っていることも多いです。
開示目的実現のために必要最低限の複製ができる。ただし当該複製物も秘密情報として取り扱うものとする。
②~⑤は情報開示者の事前承諾があればできる
上記②~⑤の禁止事項については、情報開示者の事前承諾があれば行うことができるとされていることが一般的です。
また、その承諾の形式として、「書面による承諾」「書面または電子メールによる承諾」なとど特定されている場合と、口頭承諾でも良いと解釈できる特に形式を指定していない場合があります。
実務的には、秘密情報の重要性の程度にもよりますが、電子メールによる承諾を条件とすることが一般的と思われます。
基本義務規定のチェックポイント
基本義務規定をチェックするうえで最も重要なのが、その規定内容を本当に守ることができるか?を実務の観点からきちんと検証するということです。
例えば、「開示者の書面承諾なく複製禁止」と規定されている場合、
本当に、コピーすることなく目的を達成できるのか、コピーが必要になった都度相手方の書面承諾を取るのは煩雑になりすぎないのか、という点を、実務のレベルで確認する必要があります。
また、ある技術を採用するかどうか検討するためには、開示を受けた秘密情報の「解析」や「リバースエンジニアリング」が必要な場合もあるかもしれません。
とくに契約書の交渉を担当する部門と実際に契約内容を実行する部門が異なる場合や、一般に出回っている契約書式を内容を吟味することなく使用した場合に陥りがちな問題です。
受領した秘密情報を自分はどういう利用をするのかということを具体的にシミュレーションして、契約の規定と照らし合わせてみる必要がありますね。
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