契約交渉での最高のゴールは、相手を論破して議論に打ち勝ち、当方有利な契約書に合意させることですかね。
そうかもしれませんが、力にモノを言わせて論破すると、相手方にわだかまりの感情が残ることも意識するべきです。
そのような感情が背景にあるなかで実際のビジネスを続けてもうまくいくのかなぁ。
ハーバード流交渉術 パイの分け方
おやつの時間、おなかをすかせた姉妹のために母親が1枚のパイを焼きました。
「二人で分けて食べなさい」
姉がナイフを手に取って、「こっちが私ね」と言いつつ、目分量で2つにカットしようとしました。
その様子を見て妹が、「お姉ちゃん、ずるい。そっちの方が大きいじゃない。私が切るわ。」といい、ナイフを取り上げようとします。
姉は反論して、「私、そんなずるいことしないわよ。ちゃんと真ん中で切るでしょ。」
もはやきょうだい喧嘩が始まろうとしています。
さて、あなたが母親だったら、この状態をどうさばきますか??
母親の判断
母親のさばき方としては、いくつか考えられます。
- 「あなたはお姉ちゃんだから我慢して、妹に分けさせなさい。」
- 「喧嘩はやめなさい。お母さんが分けますよ。」
- 「どちらが分けるかじゃんけんして決めなさい。」
しかしこれらいずれでも、姉妹の間のどちらかがまたは両方に、わだかまりが残ります。
わだかまりが残らないいい方法は・・・こうです。
「お姉ちゃん、カットしなさい。」と言い、姉にナイフと皿2枚を渡し、
妹に、「カットした2切れのなかからあなたが先に好きな方を選びなさい。」
という言うことです。
こうやると、姉としては等分に切るよう全神経を集中するでしょうし、心理的にも、姉にも妹にも、わだかまりの感情が残りません。
契約交渉での応用
この逸話は、すぎやんの法務実務時代の社内研修で、先輩から聞きました。
もともとの素材は、「ハーバード流交渉術」という本にあるとのことでしたが、なるほどと思ったのを思い出します。
このパイの逸話そのままというわけではないですが、契約交渉においてもわだかまりの感情が残りにくい方法があります。それは…
相手方から提示された提案が受け入れがたい時、当方から対案を投げ返すのではなく、相手方に対して、当方の事情と考え方の概要のみ伝えて、相手方に再提案を依頼するという方法です。
このようにして出てくる再提案の内容は、多くの場合、元の提案から一定の譲歩が含まれており、当方が想定していた対案に近い場合もあります。相手方としても、自分で考えた再提案ですので、その内容について一定の腹落ちがあるはずです(姉が切り分けた二切れのパイのように…)。これは、一方的に当方から対案を突き付けられるよりも、相手方にとってわだかまりの感情は少ないと思われます。
このように、自分で検討して再提案させるというのは、姉妹間のパイの分け方の一つの応用だと思います。
「高いなあ!1000円まけろよ。」というより、「もうちょっと安くしてよ。」という方がいいことがあるということです。
当事者間にわだかまりが残る契約交渉は、、、
すぎやんは、経験上、契約交渉というものは、交渉当事者の感情のなかにわだかまりが残らない形で終結するのがベストだと考えています。
一方的に自分の主張を押し付けたり、相手方を論破したり、取引上の地位を背景に合意を迫ったりという交渉姿勢は、一時的には論点の解決につながりますし、契約上も有利な内容になるのは確かです。
しかし、相手方の感情に深く重いわだかまりが残るのも確かです。
もう二度と合わない相手との交渉ならそれでもいいのかもしれませんが、契約交渉の場合、普通は、契約締結の後に実際のビジネス/取引がずっと続きます。その際、片方の当事者に契約交渉時の強いわだかまりをもったまま取引を続けて、果たしてうまくいくでしょうか。
表向きは、粛々と取引をしながら、内心では「いつかぎゃふんといわせてやる。」「一日でも早く他の友好的に付き合いできる取引先を探してそちらに移ろう。」と考えていることが普通だと思います。
相手方を屈服させるような契約交渉ばかりしていると、気が付けば、誰も相手にしてくれない裸の王様になってしまうかもしれません。
あとになってそれに気が付いて、今までの契約先に微笑みかけても、おそらく微笑み返してはくれないでしょう。
ビジネスの世界でも感情がものをいう
ビジネスの世界って、感情なんかほとんど入り込む要素はなく、割り切りだけでうまくいくはずだ。という意見をお持ちの経営者の方もおられるかもしれませんが、意外にもその考えは間違えであることが多いのです。
企業を構成するのは感情を持つ人です。
契約交渉で、自己の主張を一方的に力で押し付けたり、強引に相手を論破したりすると、結局将来その反作用が自分に降りかかってくる可能性があること。
ビジネスの世界でも感情が大きくものをいうということ。
を心得ておくべきだと考えます。
関係ない豆知識
このブログの中で出てきた「わだかまり」という言葉についてちょっと調べてみました。
漢字では「蟠り」と書き、蛇がグルグルととぐろを巻くさまを表す「蟠(わだかま)る」という言葉を語源としているそうです。蛇がとぐろを巻いている様子、なんとなく悶々として鬱屈としたイメージで、確かにわだかまっている感じですね。
確かに。
とぐろを巻いた蛇とビジネスしたくないですね(笑)
交渉は、勝ち負けをつける喧嘩だ! という考え方もありますが、契約の交渉はその考えはよくないかもしれませんね。